「中傷行為伝説の”真実”」を推理してみる

知りたい人
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通説となっている「高瀬露さんによる宮沢賢治への中傷行為」、考えれば考えるほど本当にあったのかどうか疑わしく思えてきますね。なので、当記事では私と管理人で「真実はどうだったのか」をちょっと推理…っぽいことをしてみようと思います。

ではまず、関連人物の関係性を整理します(敬称略)。

関徳弥:岩田ナヲの夫・岩田家の婿養子・宮沢賢治の従姉妹の夫
岩田ナヲ:関徳弥の妻・宮沢賢治の従姉妹・高瀬露とは女学校の同級生

岩田ナヲが賢治の従姉妹になる理由:ナヲの実母・岩田ヤスは賢治の父・宮沢政次郎の妹

高瀬露と岩田ナヲ:花巻高等女学校の同級生
露とナヲの親密度:不詳。だが露は賢治とナヲの続柄を既に知っていると思われる

次に「前提とする状況」を考えてみます。

知りたい人
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宮沢賢治は下根子桜別宅での活動・高瀬露さんのことを時々関徳弥に話していた。
露さんは賢治との交流に関することを、愚痴的なものも含め時々岩田ナヲさんに話していた。
ナヲさんは露さんから賢治の話を聞いたことを、夫の関に軽く報告していた。
関はナヲさんや賢治から聞く話で、露さんに良くない感情を抱いていた。
…と、こんなところかな。

ここまでのことを踏まえて、「『中傷行為』伝説の真実」を考えると以下のようになりました。

高瀬露さんが宮沢賢治とのことを第三者に話したのは事実ではあるが、その「第三者」は岩田ナヲさんだけだった。
時にはネガティブなことを話すこともあったが、その内容は「中傷」というほど強いものではなく「ちょっとした愚痴」で片付けられるような他愛のないものであり、ナヲさんもそこまで気にしておらず、軽い気持ちで夫である関徳弥に報告していた。しかし関はその話だけで露さんに良くない感情を抱くようになった。
1927(昭和2)年夏、露さんは賢治宅の訪問をやめることにし、その旨と経緯をナヲさんに話した。ナヲさんはいつものようにそのことを関に報告する。関はナヲさんの話の内容を「露さんが賢治を中傷した」と受け取った。
1932(昭和7)年秋、賢治は関を訪ね「僕のことについて変なことを言っている人がいるが誤解しないで欲しい」と言った。そのことで関は「露さんが賢治を中傷した」という考えを固めてしまい、後年自著に(露さんの名前は伏せておきながらも)そのことを書き残してしまう。
さらに後年、小倉豊文さんの質問を受けたナヲさんはこう答えた。
「ええ確かに、露子さんは賢さんのことを私に度々話しておりました。時にはあまり良くないことを言うこともありましたね」
知りたい人
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私と管理人は「小倉さんはナヲさんの証言を曲解して伝えた・実際はこのくらい他愛のない話だった」と考えたのです。

「大騒ぎされていることの真実は案外他愛のないことだった」というのはよくあることだと思います。

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