見えない「内容と目撃者」(2)

当記事では、もう1つの気になる点である「目撃者の存在」を考えていきます。まずは「悪評系2大文献」から中傷行為に関する部分を引用します。

宮沢賢治を、じぶんの愛情のとりこにしようとして、ついに果たさなかった女人は、いろいろ賢治について悪口をいってまわったものらしかった。

森荘已池「宮沢賢治と三人の女性」 1949(昭和24)年

恋に破れた逆恨みから、あることないこと賢治の悪口をいいふらして歩くという、最悪の状態に陥ったのだと考えられる。

儀府成一「宮沢賢治 ●その愛と性」>「火の島の組詩」 芸術生活社 1972(昭和47)年
知りたい人
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「悪評系2大文献」は、あたかも露さんが不特定多数の人々に賢治の悪口を言って回ったかのような表現をしているね。それなら「自分も聞いたことがある」と証言する人が出てきそうなものなんだけど…。

「目撃者の存在」が分かる文献を以下に引用します。

二人の手紙の往復は賢治の発病後も継続しており、クリスチャンの高瀬女史(原文表記:T女史)は法華経信者となって賢治との交際を深めようとしたり、持ち込まれた縁談を賢治に相談することによって賢治への執心をほのめかしたりしたが、賢治の拒否の態度は依然変わらなかったらしい。その結果高瀬女史は賢治の悪口を言うようになったのであろう。この点、高橋(引用者注:高橋慶吾)は否定していたが、私は関登久也夫人(賢治の妹シゲの夫岩田豊蔵の実妹ナヲ)から直接きいており、賢治が珍しくもこの件について釈明に来たことも関から直接きいている。

小倉豊文「宮沢賢治「雨ニモマケズ手帳」研究」 筑摩書房 1996(平成8)年
知りたい人
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なんか「だから確実だ」という声が聞こえてくる文章だけど…。中傷行為に関して言及しているのは関徳弥とその妻の2人だけ、「実際に聞いた」ことがハッキリ分かるのは関夫人の1人だけってことになる…けど?
ところで引用冒頭にある「二人の手紙の往復」って、賢治が1929(昭和4)年に書き残した露さん宛ての手紙下書きのことだよね。

この下書きは根拠を示さずに「高瀬露宛て」としているため、それを指す部分は本来省略したかったのですが、文脈が乱れてしまうため不本意ながら引用しました。

知りたい人
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あ、そうなの…。その点も気になるけどそれはまた後日聞かせてもらいますね。ひとまず当記事の本題に戻りましょう。

関夫人である岩田ナヲさんは賢治の従姉妹にあたります。ちなみにナヲさんと露さんは花巻高等女学校の同級生であったとのことです。

知りたい人
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つまりナヲさんは「賢治の身内」、彼女の夫である関もそれに近い立場になるということだね。「だから確実だ」と言いたげな雰囲気が感じられたのはそのせいなんだ。でも、そういう立場の人の証言だけじゃかえって信用できないよね。

「出来事の存在の確実性」を高めるためには「賢治と露さんに起こったことを知らない全くの第三者」の証言も必要だし、普通ならそういった人々の証言も集めるはずですが、「露さんが言いふらす悪口」を聞く可能性が高いはずの岩田家の周辺に住んでいる人々・露さんの実家のある向小路に住んでいる人々・露さんの勤務先周辺の人々の証言は一切なく、また調査もされていません。

知りたい人
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本当に中傷行為があったならそういった人々の耳にも話が入ってきているはずなんだけど、「露さんが賢治の悪口を言っていた」と証言しているのは岩田ナヲさんだけ、小倉豊文さんが「直接きいている」のも関徳弥・岩田ナヲ夫妻だけ。なんか変だねぇ…。あと、「露さんの頻繁な訪問」や「ライスカレー事件」の情報源である高橋慶吾が「露さんの中傷行為」を否定していたというのは大変興味深い。どういうことなんだろうね。

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