「原因」を考えてみる

今日まで伝えられている「高瀬露さんの悪評」は、座談会「先生を語る」で高橋慶吾が「話したこと」を関徳弥・森荘已池・儀府成一が拾い上げ、尾ひれをつけて広めていったということになります。

知りたい人
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高橋のやっていることはほとんど「陰口」だけどね。どうして高橋は座談会で無理やりねじ込んででも「露さんの陰口」を言おうとしたんだろう。私は座談会を一読した時に「私怨でも抱いているんじゃないか」と思ったんだけど…。

その「私怨」が案外真実なのかもしれません。その理由は高橋の性格と露さんの性格にあると思います。

知りたい人
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二人の性格か…。高橋の性格は「軽薄・自己顕示欲が強い」で、露さんの性格は「優しく真面目で控えめ・相手を立てる」。全くの正反対で、相性は合わなそうだね。

露さんはその性格で周囲の評価が高いですが、全く欠点がないとも言い切れません。「周囲の人々の証言(1)」で引用した遠野市在住の歌人KEさんの証言の中に「露さんの欠点」と言えるものが見られます。当記事に該当部分を引用します。

(略)ただ、後輩や若い人には、先輩としての義務観から忠告や注意をして誤解されるようなこともあったようだ。」

上田哲「「宮澤賢治伝」の再検証(二)—<悪女>にされた高瀬露—」1996(平成8)年
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私、「周囲の人々の証言(1)」でこの言葉が後々キーになりそうって言ったけど、ここで出てきたか。露さんはどのくらいの忠告や注意をしたか分からないけど、相手によったら本当にちょっとした忠告や注意でも「お節介」だの「上から目線」だのと、悪く受け取ってしまうんだよね…。

露さんと高橋は住まいが近所同士で顔見知り・花巻バプテスト教会に出入りしていたという繋がりがあります。そして露さんは高橋より5歳年上・教会の出入りは恐らく高橋より先と思われます。露さんは信徒として「教会に興味を持って出入りしている近所の男の子」である高橋を人生の先輩としてある程度気にかけていたと思われます。

そして高橋は、露さんに対しては女性ということで多少見下した思いを、「女性でありながら小学校教員として真面目に働いている」というところにコンプレックスを抱いていたのではないでしょうか。

知りたい人
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5歳も年上の相手に? …とはいえ、その時代の価値観っていうのもあるから、ありえないとは言い切れないか…。

これらを踏まえて「高橋が露さんの”愚行”を言いふらすことになった原因」を考えてみましたので、以下に記します。なお「高橋が露さんを賢治に紹介した」という話は懐疑的な部分がありますので除外します。

露さんが羅須地人協会に出入りするようになった頃と同じ時期に、高橋は花巻バプテスト教会から足が遠のくようになった。
それを気にかけた露さんは高橋に「最近教会に来られませんが…」と声を掛けた。
その理由を簡単に述べた高橋。
露さんはそれに対し「お気持ちは分かりますが何事も続けることが大事ですよ。お仕事の方も…お父様もご心配されておりましたし」と言った。
その言葉にカチンときた高橋、露さんに「年上とはいえ女のくせに偉そうに」と悪感情を抱くようになった。
賢治没後、羅須地人協会員たちとの座談会に参加した高橋、「先生の高弟としてこの座談会を盛り上げなくては。では俺に対して偉そうなことを言ってきたあの女のことをちょっと大げさに話してやるか」と軽く考え、あることないことを話してしまった。

以上、完全に私の想像で事実ではありません。

知りたい人
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露さんが羅須地人協会に出入りするようになった時期から座談会の時期まで約9年…。露さんへの私怨が収まらなかったというより、露さんを自己顕示欲を満たす道具にしちゃったという方が自然かな。

高橋は最後に「然し女も可哀想なところもあるな」と取ってつけたようなフォローの言葉を述べています。これは露さんに対する罪悪感が出てきてしまったのか、あるいはこれだけ話してもCさんやMさんがほとんど話に乗ってこなかった気恥ずかしさをごまかしたのか…と考えてしまいました。

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私は「気恥ずかしさをごまかした」に1票。

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