
tsuMemoでのつぶやき・2025年11月9日から2026年4月27日までのログまとめです。
当記事では投稿日の古い順に並べています。
つぶやきで使用したハッシュタグもそのまま転載しています。
2025年11月9日
「聖女のさましてちかづけるもの」で始まる文章、「宮沢賢治が書いたもの」というフィルターが無ければどのような評価になっていたんでしょうか。ともあれ賢治にとってこの文章は「完全なる黒歴史」なんだろうなと思う。
#宮沢賢治 #賢治研究界の「猫の事務所」
2025年12月3日
「脚色された歴史が、本当の歴史のような独り歩きが始まる」
宮沢賢治と高瀬露さんの「通説」もこういうものなのだろうと思いました。

#高瀬(小笠原)露さん #宮沢賢治 #賢治研究界の「猫の事務所」
2025年12月22日
森荘已池は「花巻の西方の村(遠いところ)で小学校の先生をしている女性が日に二度も三度も(賢治を)訪ねてくる」という部分が「ものすごく雑な設定」であると気づかなかったんだろうか。そして「様々な設定の綻び・すぐに分かる虚偽」を誰かに指摘されるという想定はしていなかったんだろうか。
今となってはもう叶わないことですが「森に直接『様々の設定の綻び・すぐに分かる虚偽』を指摘したら彼はどういう反応をするんだろう」などと考えてしまいます。
#「悪評」関連 #「頻繁な訪問」伝説 #森荘已池
2025年12月29日
本日12月29日は高瀬(小笠原)露さんのお誕生日です。
1901(明治34)年生まれなので本年2025(令和7)年で124回目のお誕生日になります。
「「猫の事務所」調査書」・「「猫の事務所」調査書[ファイル0508]」・「tsuMemo」は毎年12月29日を「高瀬(小笠原)露さんの名誉が1日も早く回復されることを祈念する日」としております。
「宮沢賢治に押し掛け女房的に迫った悪女」と伝えられてしまった高瀬(小笠原)露さんの本当の姿は、優しく真面目で控えめな性格で周囲の人々から慕われる女性でした。
そして、伝えられ続けている「彼女の愚行」は、状況的に無理がある・根拠が不確かなものがほとんどなのです。
露さんは、そういった自分の悪評に対しては「事実でないことが語り継がれている」と言ったのみで、一切の弁解や反論をしませんでした。
管理者・詰草あきか(tsumekusa)は、高瀬(小笠原)露さんの名誉が1日も早く回復されることを祈りながら「通説に対する意見・感想・疑問」を挙げ続けてまいります。

2026年1月11日
筑摩書房「校本宮澤賢治全集」「【新】校本宮澤賢治全集」の年譜にある高瀬露さんに関する記述「しかし彼女の情熱が高まると共に賢治の拒否するところとなった。顔に墨を塗って「私はライ病ですから」といい、高瀬はあまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え、それを知って関家に釈明にいき、父から説教を喰う結果となった」
「あまりの仕打ちに同級生であった関徳弥(登久也)夫人に訴え」という表現に露さんへの悪意を感じるなぁ…。
露さんの行動は、ただ単に「賢治がハンセン病に罹っているのは本当なのかどうかを親類縁者に問い合わせた」だけなんじゃないかと思うんだけど。
#高瀬(小笠原)露さん #「頻繁な訪問」伝説 #賢治研究界の「猫の事務所」 #資料の中の気になる記述
2026年1月31日
「賢治を慕う女の人がありました。勿論賢治はその人をどうしやうとも考へませんでした。その女の人が賢治を慕ふのあまり、毎日何かを持つて訪ねました。當時は羅須地人協會にたつた一人の生活をして居られたのですから、女の人も訪ねるには都合がよかつたでせう。他の人にものを與へることは好きでも、他から貰ふことは極力嫌つた賢治ですから、その女の人から食物とか花とか色んなものを貰ふたびに、賢治はどんなに恐縮したことでせう。そしてそのたびに何かを返禮してた樣です。そこで手元にあるものは何品にかまはず返禮したのですが、その中には本などは勿論、布團の樣なものもあつたさうです。女の人が布團を貰つてから益々賢治思慕の念をつよめたといふ話もあります。後で賢治は其の事のために多少中傷されました。」
関登久也(徳弥)「宮沢賢治素描」>P205「返禮」より。
最後の一文「後で賢治は其の事のために多少中傷されました」、よく読んでみると「女の人(高瀬露さん)」が賢治を中傷したとは書いていないんですよね。賢治を中傷したのは羅須地人協会の周囲に住む人々かもしれないし。
「後で賢治は其の事のために周囲の人々から多少中傷されました」などと書いておいて欲しかったと思います。
もしかして、読者が「女の人が賢治を中傷した」と受け止めることを狙ってこのような書き方をした?…というのは流石に勘繰りすぎでしょうか。
#「悪評」関連 #資料の中の気になる記述 #関徳弥
2026年2月20日
参加している「人気ブログランキング」がAIによるブログ要約の掲示を始めました。
当ブログ「「猫の事務所」調査書」はこのように説明されています。
歴史的な証言や資料の解釈、多角的な視点を提供
宮沢賢治と関わりの深い女性たちの人生や伝記、事件の真実について掘り下げている。資料や証言を元に、伝わる情報の背景やそれぞれの証言者の立場を見極めながら、歴史の裏側にある実像に迫る構成になっている。1
AIにはそう見えるのか…と結構驚かされました😅
証言や資料の豊富さ・読み応えは「hontounokenji’s blog」様が圧倒的だと感じております。

2026年2月23日
本日は小笠原(旧姓・高瀬)露さんの命日です。
満68歳で帰天されました。
いわれのない悪評に対しほとんど弁明をしなかったという露さん。大変度量が大きく精神力の強い方だったのだろうと思います。
ほんの一時期とはいえ「露さんの度量の大きさに甘えていた立場」にいたことを恥じ入っております。
帰天から56年。天上にあられる露さんの御魂が安らかであることをお祈り申し上げます。
#高瀬(小笠原)露さん
2026年3月29日
儀府成一は「宮沢賢治 ●その愛と性」>「火の島の組詩」で高瀬露さん(文中では「内村康江」という仮名で表現)を「働いて食べるのが精いっぱいだという職業婦人」としていますが、大正末期〜昭和初頭での女性教師って「生活のために就く」職業なんでしょうか?
むしろ「高等女学校を卒業するまで通えた裕福な家の女性が、卒業後当たり前に辿る『結婚』という進路を捨てるほど高い意識を持って就く」職業だと思うのですが。
実際、露さんのご実家は花巻では結構な名家だったとのことです。
#資料の中の気になる記述 #儀府成一 #「悪評」関連
2026年4月27日
「「猫の事務所」調査書」の活動を始めてから、カレーを作るたびにライスカレー事件のことを考えるようになってしまいました。
個人的感覚ですが、カレーって片付けもまた大変なんですよね。システムキッチンも食器用洗剤もない当時ならそれは尚更だったと思います。
当時なら作るのも大変、片付けるのも大変。「その時の思いつきでライスカレーを作るなど無理」と言い切ってしまってもいいのでは?
#ライスカレー事件
- 2026年2月20日当時の内容。本記事投稿時(2026年5月10日)ではまた違った内容になっているようです。 ↩︎

