「頻繁な訪問」伝説を考える

「頻繁な訪問」伝説を考える

「大変無理のある設定」だった

ここまで考えて「徒歩で通うにしろ軽便鉄道を使うにしろ、また遠くに住んでいようが近くに住んでいようが、小学校教員という職を持つ人が1日に何度も訪れるなど現実的ではない」ことが分かりました。知りたい人本当にそんなことをしたら「午前か午後の授業丸...
「頻繁な訪問」伝説を考える

「頻繁な訪問は可能か」を考えてみる(2)

「頻繁な訪問が出勤前・退勤後の時間を利用しているなら」という可能性を考えてみます。筑摩書房発行の「【新】校本宮澤賢治全集 第十六巻(下)補遺・資料 年譜篇」には「賢治が独居自炊をはじめた下根子桜の近く、向小路に住んでいた」とあり、上田哲さん...
「頻繁な訪問」伝説を考える

「頻繁な訪問は可能か」を考えてみる(1)

羅須地人協会活動期間内、高瀬露さんは下根子桜の宮沢賢治の住まい(羅須地人協会)から北西7〜8キロ離れた場所にある小学校に勤めていることが分かりました。そういう状態で「賢治が辟易するほどの頻繁な訪問」が可能なのかどうかを考えていきたいと思いま...
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「西方の村」との距離はどのくらい?

知りたい人高瀬露さんの勤務校がある村を、森荘已池は「花巻の西方の村」「遠いところ」とだけ書いています。過去記事で引用した資料によると「湯口村鍋倉の宝閑小学校」とありますが、それは下根子桜の羅須地人協会(宮沢家別宅)からどのくらい離れていたの...
「頻繁な訪問」伝説を考える

「頻繁な訪問」伝説の内容を整理してみる

当記事より「高瀬露さんが宮沢賢治のもとを頻繁に訪れるようになった、それに対して賢治がどういう行動を取ったか」という「通説」に対しての感想や意見を述べていきたいと思います。知りたい人賢治研究本では高確率で出てくる話だけど…露さんが賢治と知り合...