ここまで考えて「徒歩で通うにしろ軽便鉄道を使うにしろ、また遠くに住んでいようが近くに住んでいようが、小学校教員という職を持つ人が1日に何度も訪れるなど現実的ではない」ことが分かりました。

本当にそんなことをしたら「午前か午後の授業丸々放棄」か「頻繁に欠勤」のどちらかになっちゃうよね。当時の露さんの勤務校・宝閑尋常小学校ってどんな様子だったのかな。
羅須地人協会活動時より2〜3年前・露さんが赴任して1年ほどの時期の宝閑尋常小学校の様子を手持ちの資料から引用します。
同校(引用者注・宝閑尋常小学校)大正十三年の学校一覧を見ると、児童は男八八、女八五の計一七三名で、それを校長、年輩の男先生、若い女先生即ち高瀬の三人で受持ち、複式学級で、彼女はずっと一、二年を受持っている。校務は校長が庶務、男先生が教務、女先生が衛生を担当、現在でいえば養護教諭を兼ねていた。
米田利昭「宮沢賢治の手紙」230〜231ページ 大修館書店 1995年
全校173名を6学年で割ると1学年28〜29人、複式学級なので最多で59人受け持つことになります。その2〜3年後である羅須地人協会活動時も児童数はあまり変わらないと考えられます。

60人近くの児童をひとりで受け持つんだ…。小1小2なんてまだ目が離せない年頃だし、なおさら大変だったろうな。
露さんはそれに併せて「保健室の先生」も担当しているのです。そして先生方は露さんを含めて3人しかおられません。
こんな状態で「男性に会いに行くために授業放棄・頻繁な欠勤」などをすればたちまち「おかしな先生がいる」という噂が流れ、現場からも問題視されることでしょう。懲戒免職になってもおかしくありません。

こんな先生が笑い話で済むのはギャグ漫画の世界だけだよね…。でも実際、露さんは宝閑尋常小学校に8年半もの間勤務していたし、そういう話をしているのは宮沢賢治の周囲のごく一部の人物だけだし。
また「1日に何度も訪れる」ということ自体、たとえ無職であっても効率の悪い行いではないでしょうか。いちいち行って戻って…を繰り返すより長時間居座ったほうが時間を有効に使えるし「押しかけ女房的行為」としてもこちらの方が自然です。
以下のような「設定」にしておけば綻びは出なかったのではないかと思います。
- 「花巻の西方の村に住んでいる小学校教員の女性」が「休日の度に朝早くやってきて日が暮れるまで居座る」
- 「近隣に住んでいる無職の女性」が「毎日やってきて長時間居座る」

確かにエピソードとしては無難な感じだけど、どちらも賢治へ精神的な負担を与えることには変わりないよね。
(それにしても「設定」って…管理人ったら…w)
真実は上記ほど極端ではなく「露さんは日曜午前中(教会の礼拝終了後)に賢治を訪ね長くともお昼過ぎ頃まで滞在していた、それに対し賢治が(勝手に)負い目を感じるようになった」のではないかと思います。

それだと滞在時間は大体3〜4時間くらいかな。掃除・片付けとちょっとの雑談ですぐ過ぎる時間だね。週1回でそのくらいならまるでストーカーみたいに伝えられる筋合いはないよ。

