悪評系2大文献に関する雑談

当記事は「悪評系2大文献に対する意見と感想」の締めとして「文献の内容以外に気になったこと」などを述べていきたいと思います。

森荘已池文献は「誤読を招く記載・記述に虚偽が所々ある」、儀府成一文献は「他人の文章を流用・自分の想像を事実であるかのように記述」、両者共通で「所々見られる設定の甘さ」という欠点はありますが「完全なフィクション」として読むなら、どちらもそれなりに面白く読めます。その点はさすが作家だと思います。

また森文献は、高瀬露さんに関する話題以外では「宮沢賢治への敬愛が感じられる温かみのある文章」という印象を抱いてしまいます。

知りたい人
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ただ、ここまで見てきたらその「敬愛」も本物なのかと…あ、いや、これは流石に言い過ぎになりますね。失礼しました。
ところでひとつ気になることがあるの。儀府成一の内村康江(露さん)に関する記述って、森荘已池のそれと酷似してる上に派手に装飾を施している感じだけど、それに対して森は思うところはなかったのかな、って思うんだよ。

儀府の著書「宮沢賢治 ●その愛と性」が出版された1972(昭和47)年の時点で森はご健在であり、この本を目にすることもあったと思われます。

調べた範囲では「森が儀府の著書に対して言及した・森と儀府の間で確執が生まれた」などという話は見つかりませんでしたが、自分の文章が流用され装飾まで施されたことに対し思うところはあったのではないでしょうか。

知りたい人
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だろうね。でも言及すればそれはそれでまずいことになる恐れがあったから、できなかったのかもしれないね。

上田哲さんは「「宮澤賢治伝」の再検証(二)ー<悪女>にされた高瀬露ー」で儀府の著書を挙げた際に、

このような本が研究書とよばれまかり通り研究文献目録に登載されている。日本の文学研究のレベルの低さが悲しくなった。

上田哲「「宮澤賢治伝」の再検証(二)—<悪女>にされた高瀬露—」1996(平成8)年

と、強い調子で述べています。

儀府文献は研究書ではなくエンターテインメントと呼ぶべきでしょうが、エンタメでも「他人の文章を流用し装飾を施す」行いは良しとはされません。

知りたい人
知りたい人

儀府文献を現代に存在するもので例えるなら、「5ちゃんねるの書き込みを写しただけのまとめサイト」とか「他人が作った資料やWikipediaの内容をほぼそのままボイスロイドに読み上げさせただけの自称解説動画」ってところかな。

「まとめサイト」も「自称解説動画」も大元の目的は「読者・チャンネル登録者集めと広告収入」つまり「承認欲求の充足・小遣い稼ぎ」なのですが、さすがに儀府文献はこれとは無関係だと思いたいです。

知りたい人
知りたい人

儀府文献ばかり述べてしまったけど、記述に虚偽が所々ある森文献も研究書というよりエンタメ寄りと考えたほうがいいんじゃないかという気がしています。

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