「高瀬露さんを遠ざけるための宮沢賢治の行動」を伝える各文献に対して上田哲さんは以下のような指摘をしています。
賢治は、詩人として普通の人と違う変わった所があったかも知れないがそれほど常識はずれの人ではなかった。「本人不在」の札を出して居留守を装うような幼稚な姑息な手段を使うような卑屈な人だったのだろうか。「本人不在」の札を十日も出しっ放しにしておいたら大切な用事をもってきた人に迷惑をかけることがあるかも知れない。また自分にとっても不利益や困ったことが生ずることがあるかも知れない。こういうことに考えが及ばない莫迦な人だったのだろうか。ましてや顔に墨や灰を塗ったり、乞食の真似をしたり、レプラだといったり、その様な馬鹿げたことをしたであろうか。
上田哲「「宮澤賢治伝」の再検証(二)ー<悪女>にされた高瀬露ー」 1996(平成8)年

本当それ! 当時の賢治は30歳前後、まして「花巻町のセレブの長男」だから、それなりの常識くらい身につけているでしょ。露さんの来訪を迷惑に思ったならまずそれを伝える、居留守を使うのは最終手段、それも周囲に根回しをした上で行うものだと分かっているはずだよ。こんな話を広めるのは間接的に賢治も貶めているってこと、悪評系は気づいてないのかなって思う。
当初は私も「彼女の来訪を苦痛に感じ始める→言うべきことを言わずいきなり居留守という手段に出る」と読める描写には首をかしげていました。
しかし時を経て改めて考えると、過去「そのとおり」と思った上田さんの言葉に対し「全て作り話とは言い切れない、賢治は『こういう理由で』本当に居留守を使ったのでは?」と思うようになりました。
ちなみに「ちなみに顔を汚して応対した・ハンセン病に罹ったと嘘を付いた」ことに対しては現在も懐疑的です。

えー、管理人はこの話を「一部本当」だと思ってるんだ?
「こういう理由」って一体何なの?
私の「個人的見解」になることを先にお詫びいたします。
あるとき協会員のひとりが訪れると、賢治はおらず、その女の人がひとりいた。
森荘已池「宮沢賢治と三人の女性」 1949(昭和24)年
「先生はいないのですか。」と彼がまぶしそうに恐る恐るきくと、「いません——。」と彼女は答えた。「どこへ行ったのでしょうか?」と重ねてきくと、女は不興そうに「さあ、解りません——。」と、ぶっきら棒に答えた。仕方なく彼が帰ろうとすると、俄かに座敷の奥の押入の襖があいて、何とも名状しがたい表情の賢治があらわれ出たのであった。彼女の来訪を知って賢治は素早く押入の中に隠れていたのであった。
このような「賢治が露さんを避けるために居留守を使った」という出来事自体は本当にあったことだと思います。
ただ、この行いは「賢治は『今度露さんが来たらこうしよう』と考えていたのではなく、この瞬間衝動的に露さんを避けたくなり衝動的に行動に移した」のではないでしょうか。だから露さんに訪問を控えるよう告げることも、他の協会員に根回しをすることも出来なかったのでしょう。そして「この日の露さんは賢治に請われて羅須地人協会を訪ねていた」とも考えられます。

つまり、賢治が露さんを呼びつけていたのに気まぐれを起こしてドタキャンみたいなことをしたってこと? なんでそんなことをしたと思うの?
実は賢治は「露さんを異性として過剰に意識し、どう振る舞っていいか分からなくなった」のであり、一方の露さんは「賢治に対してあまり異性としての意識は抱いておらず、あくまでも弟子として賢治のもとに通っていただけ」という状態だったのではないでしょうか。
要は「女性の建前の笑顔を『自分への恋心』と勘違いする男性」と似たようなもので、協会員として積極的に雑務をこなす露さんに対し賢治が勘違いをし、それを拗らせた末にこんな事をしたということです。
繰り返しますがこれは私の「個人的見解」であり、当然真実は賢治と露さんに聞かなければ分かりません。しかし、このエピソードを読んでいると「賢治が一人であたふたしている」印象も受けるのです。

しかしその勘違いの末の行動が「(ドタキャン)居留守」って、まるでローティーン男子だね。当時の賢治くらいの年齢であれば、相手の女性に対して余裕ぶった振る舞いをしそうなんだけど。

