「事件」に関する個人的見解

当記事では「ライスカレー事件は本当にあった出来事なのか」と「ライスカレー事件から分かること」に関する個人的見解を述べていきたいと思います。

まずは「個人的見解:ライスカレー事件はあったのか」から。

知りたい人
知りたい人

上田哲さんはこの出来事に対して懐疑的な姿勢だったね。その検証ができないまま終わってしまったのは大変残念でした。
では、管理人はどう思ってる?

私は、「ライスカレー事件は半分本当で半分嘘」だと思っています。

高瀬露さんがライスカレーを作った・宮沢賢治はライスカレーを食べることを何故か頑なに拒んだ・露さんはそれにがっかりしてその場を外し、オルガンを鳴らした」という出来事自体は、前記事で引用した座談会「先生を語る」で「高橋慶吾が語った内容に対しCさんが自然な様子で自身の記憶を語っている」ことから、実際にあった出来事と判じて良いと思います。

しかし、悪評系文献に書かれている「昼ドラマの愛憎劇」のような賢治と露さんのやり取りは「座談会で高橋慶吾が語った出来事の内容を基に創作したもの」と断言できると考えます。なぜなら、森・儀府両氏とも事件の現場に居らず、賢治や露さんの心情も本人たちから聞いたものではないからです。

知りたい人
知りたい人

私は、座談会の内容を見てると「高橋慶吾は少し話を盛っている」と感じる。Cさんが何も言わないから私の考えすぎかも知れないけど。

「ライスカレー事件」は実際こんな感じだったのでは、と考える流れを以下に記述します。

1927(昭和2)年6月〜7月の某日、羅須地人協会(宮沢家別宅)で農民数名と賢治の弟子数名の集まりが催されることになり、賢治は露さんに「これだけの人数に行き渡るライスカレーを作って欲しい」と伝えた。
賢治の依頼を受けた露さんは、当日早朝から材料・調理器具・食器を羅須地人協会に運び、調理を始めた。
来客の一人・高橋慶吾は台所で作業をしている露さんを見かけたが、特に気に留めず声をかけることもせず協会2階に上がっていった。
お昼になり、露さんはお皿に盛り付けたライスカレーを賢治や来客のいる2階に運んだ。
露さんと面識のない農民たちは露さんの存在に少し驚いた様子を見せた。そんな農民の様子に賢治は動揺し、慌てて「この人は湯口村の小学校の先生です」と言葉を発した。
露さんも多少恐縮しつつライスカレーを全員に配り「冷めないうちにどうぞ」と勧めた。賢治は困ったような表情で申し訳なさそうに口を開いた。
「私には食べる資格はありませんから、まず皆さんが食べてください」
露さんは賢治の言葉に戸惑いながらも「そう仰らずに召し上がってください」と再度勧めた。しかし賢治は頑として食べようとしなかった。
露さんはとうとう顔に失望の色を浮かべ、失礼しますと一言言った後1階に降りた。程なくしてオルガンの音が聞こえてきた。賢治は慌てて1階に降りていった。
2階にいる来客はオルガンの音色と「…昼間はみんな働いているから…オルガンは止めてください…」という途切れ途切れの賢治の声を聞きながら、どうしようもない雰囲気に互いの顔を見合わせていた。
知りたい人
知りたい人

悪評系文献のような派手さはないけど、それでも「賢治、一体何なんだ」と言いたくなる出来事だね。

この「ライスカレー事件」に関する文献を見ると、分かることが3点あります。以下に列記します。

①「賢治が露さんを煙たがっているのを知っている」はずの高橋慶吾が台所で何やら作業をしている露さんを見ても何もしなかったのは「露さんが昼食作りを賢治から頼まれているのを知っていたから」ではないか

②来客が露さんの姿に驚いたのは、露さんが頻繁に賢治の元を訪れていない証拠ではないか
(頻繁に訪れているのなら一人くらい面識のある人がいるはず)

③来客に露さんの存在を知られて賢治が気まずそうにしていたのは、賢治が露さんを異性として過剰に意識している証拠ではないか
(露さんのことを何とも思っていないなら平然と「この人は宝閑尋常小学校の高瀬先生で、ご実家が近所なので時々お手伝いに来てもらっている」と説明できるはず)

知りたい人
知りたい人

またしても「悪評系文献の綻びが見えた」って感じだね。「露さんを悪者にしようとしたら実は賢治がすごく大人げない人物だったことが分かってしまった」っていう…。

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