
ライスカレー事件に対して浮かぶいくつかの疑問のうち、今回はこれらについて考えたいと思います。
- 高瀬露は朝から羅須地人協会にいたのか、飛び入りでカレーを作り始めたのか
- 最初からいたのであれば、なぜライスカレーが運ばれてくるまで誰も高瀬露の存在に気付かなかったのか・賢治は対処しなかったのか
- 飛び入りでカレーを作っていたにしても、匂いなどで気付かなかったのか
その日、高瀬露はいつ羅須地人協会を訪れたのか、悪評系テキストの伝え方はバラバラです。
森荘已池氏によれば、お昼になっていきなり出来上がったカレーを持って現れたことになっており、儀府成一氏によれば、朝早くやって来て協会内の掃除等を終えたあと、カレーを作り始めたということになっています。
儀府氏のテキストは、上田哲氏の指摘によれば森氏のテキストに儀府氏が勝手に想像した賢治や高瀬露の心情などが混ぜられており、また儀府氏は羅須地人協会活動時、賢治との面識がありませんので森氏のテキストより信用に足る部分は少ないのですが、来客があると知れば、高瀬露は羅須地人協会の一会員として早朝から一働きしに来ることもないとは言えないかも知れません。
その「この日来客がある」という情報をどうやって高瀬露が入手したのだろう、という新たな疑問がここでわいて来ますが、そのことは後日考えることにします。
ともかく、掃除をしていればそれなりに物音が立つはずです。まさか防音できる床や壁を羅須地人協会の建物に使っているわけでもないはずですから、その時点で当然賢治が気付き、快く思わないのであればその場で忠告も出来るはずです。
それとも賢治は半ば諦めていて、「好きなだけやらせておけばいずれ帰る」と思っていたのでしょうか?
悪評系テキストが伝える高瀬露は、(おそらく本音ではこう伝えようとしたいのでしょう)
「優しいが思い込みが激しく、独り善がりで押し付けがましい」
という人物像になっています。
賢治が何も言わなければ強引なアプローチを繰り返し、賢治が忠告しても「いやよいやよも好きのうち」ということにしてアプローチをやめることはない、そんな(悪評系の理想である)高瀬露を放っておけばどんどん独り善がりな行動をするということはこれまでの経験で分かっているはずです。
それでも放っておいたということは、よっぽど賢治に学習能力がないのか、もしくは疎ましく思いながらもやはり高瀬露を信じていたということなのでしょうか?
それでは、早朝から来たのではなくお昼前に飛び入りでやって来てカレーを作り始めたということにすると……(しかしここでも、「どうやって集会の情報を高瀬露が得たのか」という
疑問を抱くことになります)
カレーというものは強い匂いを放ちます。羅須地人協会程度の広さならあっという間に部屋という部屋に広がっていくのは容易に想像出来ます。その匂いに、賢治や集まった人々が気付かないはずがありません。
ただ、羅須地人協会の台所は建物の内部にはなく、建物から少し離れたところにあったようです。その距離がどのくらいであったかは詳しく知らないのですが、そんなに遠く離れたところにあるとも考えにくいでしょう。やはり、窓を閉めているのでもなければカレーの匂いは伝わると思います。
それ以前に、炊事というものもそれなりに物音が立つものなのです。建物内に台所があるのはもちろん、離れた場所にあったとしても集会に出席するためにやって来た者が「先生のところの台所で誰かが働いている」ことに気付くのではないでしょうか。そしてそれが賢治に伝わり、高瀬露をたしなめることも出来たはずです。
集会出席者が高瀬露を見かけても「家族か親戚の女性」と思い込んで賢治にあえて伝えなかったのではないか、とも言えますが、悪評系テキストをそれぞれ見返してみると、どれも集会出席者はライスカレーを運んで来た高瀬露を見て「誰、この人」という反応をしています。
集会出席者で賢治の家族や親族の女性に面識がある人がそんなに多いとも思えないし、家族・親族か無関係の人かなど賢治が自ら言うまで分からないはずです。集会出席者が高瀬露を家族・親族と思い込んでいたならライスカレーを運んで来た高瀬露を見てもさして驚くことはないでしょう。
今回考えた疑問点については、思わず苦笑してしまうほど物理的にも心理的にも矛盾が多すぎて、まとめるのにかなり時間を要してしまいました。