もう一人の”被害者”

頂いたコメント・管理人の返信(2)

このエントリでは、とかく高瀬露と対照的な存在にされがちな「賢治が唯一結婚を意識した」とされる女性である伊藤チヱについて語りたいと思います。

賢治研究家、特に森荘已池氏や儀府成一氏の伝える「伊藤チヱ」という女性は(彼らの伝える)高瀬露とは対照的に、まるで「聖女」のように描かれています。
しかしそれを裏返してみれば、彼女も高瀬露同様の「ひどい」扱いを受けている気がします。

伊藤チヱは昭和16年、森荘已池氏に対して「自分のことを書くのはやめてほしい」という主旨の手紙を2回送っています。

森荘已池氏も著書に挙げているこの手紙、引用すると長くなりますので本サイト資料室の掲載ページにリンクをつなぎます。
森荘已池宛 伊藤チヱ書簡

私は最初、悪評系や他賢治研究家たちの高瀬露のひどい扱いに強い反感を抱いた反動で伊藤チヱをあまり良く思っていませんでした。この手紙についても「こんな長々だらだらと書かなくても嫌なら『迷惑です、やめて下さい』ってはっきり言い切ってしまえば済むことじゃないか、本当は自分のことを書いてほしくて仕方なかったんじゃないの、鬱陶しいな」などという邪推をしていました。

けど、今はそれは違うと考え直しました。
伊藤チヱは森氏の気分を害さないようにと言葉を選びながら、自分の戸惑いと「やめてほしい」という願いを懸命に伝えようとしただけだったのですね。

米田利昭氏は著書「宮澤賢治の手紙(大修館書店)」の中で伊藤チヱを「しねしねした」女性だと評しています(P226)。伊藤チヱ自身も手紙の中で謙遜を通り越していると思えるくらい自分のことを悪く言っていますが、私はそうは思いません。

評伝に書いてあるような「聖女」とまではいかないまでも、優しく慎ましくて芯の強い、そしてそれを表した面立ちの女性だったのだろう、極端なことを言えば、実際の高瀬露に似たタイプの人だったのだろうと思います。

もっと極端な、またしても「トンデモ意見」にされてしまいそうな個人的見解ですが、賢治の心の中には常に高瀬露がいて、伊藤チヱはその気配を感じ取っていたのではないか、

そして、賢治が伊藤チヱのことを意識したのも伊藤チヱが高瀬露に似たタイプだったからではないかと思います。

さらに極端なことを言えば、この二人は賢治の妹宮沢トシに似たタイプだったのでしょう。

伊藤チヱも波風を立てるような行いは望まなかったのでしょうがこうして2度に渡って手紙を書いて送ったということはそれだけ自分のことを書かれるのが嫌だったのでしょう。相当な勇気を振り絞っての行動だったと思います。

森荘已池氏は結局そんな伊藤チヱの願いを無視してしまいました。
そして他の賢治研究家たちも森氏の著書から伊藤チヱの願いを見ているであろうにもかかわらず同じくそれを無視してしまいました。
伊藤チヱの気持ちを踏みにじってしまったのです。

高瀬露が多くを語らないからと好き勝手に書くのも悪質ですが、伊藤チヱがこうやって一生懸命に訴えているにもかかわらずそれを無視して書いてしまうのもまた悪質です。

願いは聞き入れられず気持ちは届かず、自分のことを大々的にそして過剰に美化されて伝えられてしまった伊藤チヱの心の傷は如何ばかりだったでしょうか。
良く書かれたか悪く書かれたかの違いはあれど、伊藤チヱも高瀬露と同じ被害者なのではないかと考えています。


頂いたコメント・管理人の返信
ありがとうございます(ポラン) 2008年11月20日

兼ねてからの、露宛とされる手紙への疑問を
丁寧に検証してくださって、ほんとうにありがとうございます。
まさしく私が思っていたとおりのことを
言い当ててくださいました。
胸の支えがやや、降りたような気がします。
でも、それはきちんと手紙が露さん宛である、あるいはそうでないことが証明されなければ、永久に晴れることはありません。

恥ずかしながら、私は今まで伊藤ちえさんから森荘已池あての手紙を読んだことがありませんでした。
彼女に関しても、やはりこれまでの研究家たちの「ちえ子像」を鵜呑みにするしかなかったのです。
この2通の手紙を読み、私は胸を打たれ涙しました。同時に、とてつもない怒りがこみ上げてきました。
tsumekusaさんの仰るように、露さんも、ちえさんも犠牲者です。
ちえさんの想いを無視し、踏みにじってきた「研究家」たちの罪は大きく重いと私は思います。
コメントありがとうございました(詰草あきか(tsumekusa)) 2025年7月1日

ポラン様、「「手紙下書き」に対する疑問」と当エントリへのコメント誠にありがとうございました。
コメントを頂いてすぐの返信ができませんでしたので、この機会に返信させていただきました。
長きにわたる無礼をお詫び申し上げます。

あれから約17年、未だに全集側からの説明はありません。こちらにできることは「疑問」を繰り返し上げ続けていくことだと思っています。
伊藤チヱさんの手紙、彼女がどれほどの思いを抱いて書いたかを考えれば考えるほど胸がつまりますね。研究者側は彼女の必死の思いにきちんと向き合わなければいけないと思います。
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